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高原のリゾート 霧島温泉郷

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高原のリゾート 霧島温泉郷

雄大な自然にふれながらさまざまなレジャー施設も楽しめる霧島温泉郷。霧島山の南面中腹に点在する、丸尾、新湯、林田、湯之谷、関平、硫黄谷、栗川、殿湯の8つの温泉からなっています。なかでも丸尾温泉は温泉街の雰囲気を楽しめる中心地です。国道223号に沿って、豪華なホテル・旅館が温泉旅情をかもし出しています。また、霧島温泉郷の見所のひとつである「丸尾の滝」は、林田や硫黄谷の温泉を集めて流れ落ちる珍しい温泉の滝です。夜にはライトアップされて幻想的な雰囲気が味わえます。

<硫黄谷温泉>
1714年(正徳4年)、飯田喜八によって発見されました。江戸時代に書かれた『諸国温泉効能鑑』(温泉番付)に「薩摩硫黄湯」として記載されており、皮膚病に効能があるとされています。江戸時代後期の地誌『三国名勝図会』にも挿絵とともに紹介されており、湯を患部に当てる打たせ湯や、身分の高い者だけが利用できる殿様湯についての記述もあります。1866年(慶応2年)には坂本龍馬夫妻が訪れたそうです。1949年(昭和24年)8月16日、台風による山崩れの被害を受けて移転し、現在では泉源のみ利用され近隣の霧島ホテルに送湯しています。

<丸尾温泉>
1819年(文政2年)、横尾権太によって発見されました。霧島温泉郷の中心的存在であり、霧島温泉と呼ばれることもあります。

<林田温泉>
栄之尾温泉に隣接する温泉地。1929年(昭和4年)、林田熊一によって開発されました。私設道路などが整備され近代的温泉保養地の先駆けとなりました。

<新湯温泉>
1875年(明治8年)、高久保豊蔵によって発見され、1881年(明治14年)から湯治場として利用されるようになりました。1954年(昭和29年)8月16日、地滑りによって壊滅しましたが後に復旧しました。硫化水素泉として知られています。

<関平温泉>
1832年(天保3年)、原田丑太郎によって発見され、傷に効能があると言われてきた温泉です。1976年(昭和51年)に牧園町の所有となりました。温泉水は「関平鉱泉」として販売されています。

<殿湯温泉>
1710年頃(宝永、享保年間)、霧島神宮の造営工事をきっかけとして開発された温泉です。

<湯之谷温泉>
古くから地元の狩人に利用されており、1880年(明治13年)に浴場が開設されました。1952年(昭和27年)8月に台風の被害を受けて移転しました。

<栗川温泉>
1835年(天保6年)、牧彦八によって発見されました。


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