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由緒ある湯・武雄温泉

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由緒ある湯・武雄温泉

堂々とした朱色の門がお出迎えしてくれる歴史上の人物も立ち寄ったという由緒ある温泉です。

開湯は約1300年前。伝説によると神功皇后が凱旋の途、太刀の柄で岩を一突きしたところ、たちどころに湯が湧き出たと言われており、よって昔は柄崎温泉と呼ばれていました。
また、蓬莱山の麓に湧くことから蓬莱泉とも呼ばれていたようです。 また、嬉野と同じく、この武雄も『肥前国風土記』にその名が登場しています。

豊臣秀吉は朝鮮出兵の際に、負傷兵士の湯治場として利用したといわれ、江戸時代は街道の宿場町としても栄えました。、幕末には長崎を往来した勤皇志士や文人らが盛んにこの湯を訪れたといいます。著名な人物を挙げると、佐賀藩城主の鍋島氏、江戸時代初期には伊達政宗、宮本武蔵が、また幕末にはシーボルト、吉田松陰らが入湯したといわれます。

温泉街のシンボルである朱色の楼門は1914年(大正3年)佐賀県出身で東京駅も手がけた辰野金吾の設計によって作られ、2005年7月に国指定の重要文化財に指定されました。


泉質 : 弱アルカリ性重曹泉
効能 : 疲労回復、健康増進、胃腸病など
飲用 : 不可
宿泊施設 : 25
日帰り温泉施設 : 2

問い合わせ 0954−23−9237(武雄市商工観光課)